『ハロウィーン限定――』
 曰く、ハロウィンは「Hallow even(聖なる夕べ)」が略されたもので、キリスト教の記念日の前夜祭なのだそうだ。
 なぜカボチャとお化けの仮装なのかは知らないし、はたしてそのカボチャをお菓子にしたり食べたりしてよろしいのかはわからないけれど、ふつうの日本人が気にしてないのだから、ぼくも気にする必要はなさそうだ。
 それよりも気にしなければいけないことがある。
 ハロウィンだというのに、今日は小佐内さんをまったく見ない。

 放課後、街の方に出てみた。店という店が「ハロウィーン限定」の文字で溢れかえっている。こういうのも変だけど、いつもの小佐内さんなら、たぶん、人数合わせだと言ってぼくを連れ回して、街巡りに出るのではなかろうか。そろそろ午後の三時半だ。ともすれば喫茶店にいる時分だろうに、しかし今日一日、彼女は姿も見なければ登校の痕跡すらないのだ。

 歩くついでに考えていた。まず考えられる可能性は?
 ひとつ、小佐内さんがサボった。
 ふたつ、小佐内さんは病気だった。
 みっつ今日は小佐内さんとはまったくかみ合わない日で、偶然にも一度も目にしなかった。
 などなど。このうち、小市民的観点から、「小佐内さんは病欠ないし家の事情で欠席」したであろうことが明らかだ。
 では次に、病気か怪我か家の事情か。
 ところで、11月も近づき肌寒くなるこの頃、学校では風邪が流行っているようだ。授業中の咳は数知れず。今日なんてぼくのクラスだけで病欠が4人もいた。手洗いうがい、出来ればマスクなども身に着けて用心しなければいけない。

 さて。
 自分のつたない記憶を遡って、昔に小佐内さんに連れられた商店街の店を、いくつか回ってみた。やっと見つけた「ハロウィーン限定」の立て看板に足を向ける。店名には覚えがなかったけれど、明るい店内は見覚えがあった。ガラス戸をくぐる。店内は男っ気が少ないから、小市民としては少し勇気のある行動になる。いまだに慣れないカウンターにおどおどしながら、ケーキを2つ、持ち帰りで注文した。
「すみません、この、かぼちゃのベイクドチーズケーキ、ください」


 小佐内邸はマンションだから、ポストは入口にまとめて設置してある。新聞が何本も飛び出ている中、小佐内家の郵便受けは空だった。新聞は夕刊だ。午前の郵便も午後の郵便も回収されているということは、小佐内邸には外出した誰かが帰ってきているということだ。親御さんがいるのだろう。

 階段を上り、鉄扉のブザーを鳴らす。
 はい、と言って出てきたのは、案外に小佐内さん本人だった。ニットの上に、紺色のはんてんを羽織っている。鼻が赤い。十中八九風邪だろう。
「え、小鳩くん?」
 心底不思議そうな顔をして聞かれた。はい、小鳩です。ところでお聞きします。
「ぼくは、トリックとトリート、どっちを選べばいいかな」
 小佐内さんはぼくの顔を見つめたまま少しの間硬直して、ぼくの右手の袋を見て、またぼくの顔を見て、やっと納得したように「あ……」と言った。
「じゃあ……トリート?」
「はい、お見舞いのかぼちゃケーキ」
 ぼくは右手を差し出す。
 小佐内さんは少しだけ頬を緩めて、1歩後ろに下がって、振り返った。
「どうぞ上がっ――――――あ、やっぱり待って! 片づけるから!」
 捨て台詞と共にトタトタと走っていってしまった。
 残されたぼくは玄関の靴を見る。革靴。スニーカー。どちらも見覚えがある。親御さんがいるなら見舞いの品だけ置いていくつもりだったけれど、そうではないらしい。ならばお言葉に甘えよう。小佐内さんは「どうぞ」と言った。風邪を移しちゃうから云々といった気遣いの言葉がなかったのは、よほどあわてていたか、それともぼくは風邪をひかないものと思われているのか。


「ハロウィンのかぼちゃは、お化けの魂が街ナカを歩いてる、ってことらしいよ」
「へー」
 ハロウィンの由来、小佐内さんは知っているそうだ。さすが。
「ハロウィンには、カボチャランタンを持ったジャックさんがさまよってるんだって」
 なら、かぼちゃケーキを食べているぼくたちは、ランタンを食べていることになる。
 いつものように小佐内さんと向かい合ってケーキをすくう。寒い日の紅茶は、体をいつもよりあたためてくれた。



 <了>

                               ――――2012/10/31